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八月が終わるので、カメラに入っているモノを整理 .....

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Bychaospapa

7月からお盆休みまで、毎週飛行機に乗っていたのですが、圧倒的に浅草寺の写真ばかりです!

ちゅうことは、ナナちゃんの散歩以外は、ほとんど iPhone で撮っていたわけですねぇ ..... 機内の(食事)写真も少ないしと言いつつ、最初は松坂屋の喫茶店で食べた「メロン半分を使ったフラッペ」(値段の割りにはチョッと?ご不満です)ハイ、浅草の定宿「リッチモンド・ホテル」からの夜景「スカイ・ツリーと浅草寺」は見飽きましたね?朝早く、雷門へ向かう途中の伝法院通りにはこんなものがあります雷門裏でナナちゃんを待ち伏せ ..... 結局、心配になって出て行く何か、気になって撮影!(オブジェに使えるかな?)タイミングがいいと、お月様が見える日がありますねぇ本堂へ向かう二天門には、何が隠されているのでしょう?そもそも、浅草寺とは?

・都内最古のお寺で、山号は金龍山、本尊は聖観音菩薩
・元は天台宗に属していたが、大戦後独立して聖観音宗の総本山に
・推古天皇の時代、漁師の網にかかった観音像が本尊
・浅草寺の草創に関わった3人を祭神として祀る浅草神社が隣にあり、今年の三社祭はオフィシャルの法被を着て撮影しました鴨々川の鯉と違って、とても綺麗な環境で飼育されています影向堂の前に鎮座する大香炉も、朝は寂しい気が向くと撮る ..... 定点観測は苦手ですねぇ夜はライト・アップされる五重塔(右側は、浅草ビュー・ホテル)

さて、ここから札幌です .....
先週末、神社・仏閣が好きだという御仁が来札され、北海道神宮へいろいろな話を教えていただき、とても面白かった ..... 日本人として、知っておくべき知識ですね実は、ここで僕が見たかったのは、島 義勇の銅像 .....

島 義勇(しま よしたけ)は、佐賀鍋島藩の人、150年ほど前までは原野であった札幌の地を、住みやすく、豊かな都市に発展させた背景に、開拓判官・島 義勇の功績は大きく、彼の都市構想が現在の札幌に生かされているという

僕のルーツは佐賀、義勇の死後、佐賀藩の屯田兵が琴似に入植、在所の「山田」を忘れぬよう、祖父は山田姓を名乗ったと聞いています

今年の春、福岡出張の折に写真家の河波さんが山田町まで連れて行ってくれました

この地から? と思うと、 とても感慨深いものがありました

27年前、札幌の姉妹都市である瀋陽へ行って合弁企業を作る時、戦争中の父の任地であった奉天を捜しましたが判らずじまい ..... 帰ってきてから瀋陽が奉天であったことを知り、縁の深さにビックリしたことがあります

いつかは、僕のルーツに出会えるような気がします

(夫)














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