昨日の憲法記念日に .....

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Bychaospapa

ブログに書けなかったことを、やはり記しておく!

NHKで今村核の「ブレイブ『えん罪弁護士』」を観た
そして、調べてみた .....

日本の刑事裁判の有罪率が99.9%という異例な高率を保っている。被疑者、被告の立場からみると、いったん逮捕・起訴されたら、すでに敷かれた有罪というレールをまっすぐに走らされるのが日本の刑事司法である。
刑事訴訟法の泰斗である元東大総長の平野龍一氏が「現行刑事訴訟法は、欧米の刑事訴訟法 いわばその『文化的水準』と比べると、かなり異常であり、病的でさえある」と述べ、「我が国の刑事訴訟はかなり絶望的である」という評価を下した。

日本の裁判における当事者主義の形骸化ないしは消滅にある。当事者主義とは、法律的な争いに直接的かかわる主体が当事者になり、対決するという裁判のシステムを指す。刑事裁判では、国(検察)が起訴する主体として一方の当事者になり、被告人(弁護人)は、もう一方の当事者として、それに反論する。
両者が、対等の立場で、法廷においてそれぞれの主張の正当性を競い、裁判所は公平な審判として勝敗を決める。これが当事者主義の原則で、イギリスとアメリカで伝統的に採用されてきた裁判のシステムだ。

これと対照的なのが、糾問主義ないしは職権主義と呼ばれるもので、捜査、尋問、起訴、判決が同じ主体によって行われるシステムである。中世ヨーロッパにおけるキリスト教の異端尋問が原型とされる。大審問官がすべてを仕切り、最終判断を出す。明治維新後の日本はプロイセン(ドイツ)を模範として大日本帝国憲法を制定し、プロイセンとフランスに範をとって刑事訴訟法を施行した。明治刑訴法、大正刑訴法は、予審制度を持ち、糾問主義的色彩がきわめて強いもので、戦後、廃止された。
 
その際、アメリカの指導で取り入れたのが当事者主義だ。刑事司法の中心を警察や検察の密室尋問から公開法廷の弁論に移し、権威主義的な裁判を民主化するための制度として導入されたのである。裁判官が調書を読んで事実を認定するのではなく、法廷で検事と弁護人に被告人や証人を直接尋問させ、その内容に基づいて事実認定(有罪・無罪の判断)をする英米法的なシステムへの転換が目的であった。

しかし、当事者主義は根付かなかった。総司令部(GHQ)の指導によって日本が持った新憲法は、市民的自由を保障する項目として「法律の適正手続き」(31条)、「令状主義」、(33、35条)、拷問禁止(36条)、敵対証人への審問権保障(37条)、黙秘権の保障(38条)など刑事裁判の原則を掲げている。いずれもアメリカの憲法に範をとった条項で、市民的自由を保障し、刑事裁判において当事者主義を促すための条項である。戦後の憲法は平和憲法の名の通り戦争放棄をうたった第9条の至高性が強調されるが、市民的自由の保障を規定した上記の条項も、9条に劣らず重要である。

GHQは新憲法の理念を生かし、検察と被告人が平等の立場で闘うという当事者主義の趣旨を実現するため旧刑訴法の抜本的改正を提案した。具体的には ①勾留期間の短縮(10日から24時間に)②保釈の推進 ③接見の自由の保障 ④伝聞法則の順守 ⑤司法取引制度の導入などである。すべて糾問主義から当事者主義へ転換するための刑事訴訟法の改正提案であったが、日本政府はことごとく拒否、すべて葬り去った。

当事者主義を実現するための刑訴法改正は完全に不発に終わった。新刑訴法は、骨格部分で戦前の糾問主義の残滓を大いに残したまま施行された。当事者主義が根付かなかった最大の要因は、これだ。最高法規である憲法が、当事者主義の理念を高らかにうたい上げる一方、実定法の新刑訴法が、例外規定を数多く設けることによって、事実上、当事者主義の実践を制限・抑圧するという「いびつな構造」の下で、戦後の裁判は営まれてきた。

戦前の糾問主義の色彩を残している新刑訴法は、国側に圧倒的に有利にできており、刑事裁判において国と被告人が対等であるという前提は成り立たない。日本の裁判は、両当事者が法廷に提出された証拠に基づいて、徹底した弁論の戦いをして、有罪・無罪を争うという本来の裁判ではなく、検察側が提出する各種の調書を裁判官が一生懸命に読んで、白黒を決める「調書裁判」にすぎないのである。

ある被疑者が逮捕から一貫して犯行を否認する事件は極めて少ない。多くの否認事件は、被疑者が取り調べ段階でいったん「自白」し、公判に移行した時点で否認に転じる。多くが自白調書に署名・押印しているが、公判では「強要された自白」と主張する。取調官の警察官や検事が公判で反対尋問を受けても「尋問は適切に行い、自白は任意にされたもの」と証言するのが常で、裁判所はそれを簡単に信用し、自白調書をはじめ各種の調書を証拠採用してしまうのである。

だから否認事件の裁判は常に「調書裁判」である。法廷における被告人尋問、検事、弁護人の口頭による主張は、裁判官にとってさほど重要ではない。なぜなら、弁論などきかなくても有罪・無罪の判断は調書を読めば、できるからだ。

時々、合議の裁判で居眠りをしている裁判官をみることがある。裁判官がいかに裁判を軽視しているかを如実に示す光景だ。連日の資料読みで忙しい裁判官はいつも寝不足気味である。とはいえ、仕事中に眠っていて大丈夫なのか? そうらしい。実は「法廷でのやりとりを聴かなくても、家に帰って調書を読めば、用は足りる」と思っている裁判官が、たくさんいる。だから居眠りができるのである。

多くの裁判官は、法廷で検察官と被告人の主張を聴いて有罪・無罪の判断をするより、双方から証拠として提出される書証を読むことを好む。法廷で被告人や証人の話を直接聴いて心証を形成するより、調書を読んで事実認定をするほうが確実であると考えているからだ。裁判官は常時、一人当たり十数件の裁判を抱え、年間200件から300件の判決を書く。執務時間内で仕事が終わらず、自宅に裁判資料を持ち帰り、山のような資料と格闘するのが裁判官の日常である。土日や祝日もひたすら書証を中心とした裁判資料を読む裁判官もいる。つまり日本の裁判は、裁判とは名ばかりで、やっていることは「調書の審査」でしかない。そして最終的には、刑訴訟法231条などの規定によって捜査当局が作成した各種調書は信ぴょう性が高いと判断され、有罪が決まるのである。

平野氏は「欧米の裁判所は『有罪か無罪かを判断するところ』であるのに対して日本の裁判所は『有罪であることを確認するところ』であるといってよい」と述べているが、至言である。日本の裁判は、優勝チームが決まったリーグ戦の消化試合のようなもので、およそ裁判の名に値しない。裁判の体をなしていないばかりか、その実態は、法曹3者による儀式であるといっても言いすぎではない。こんな裁判が50年以上続いていること自体、異常である。そこに多くの国民は、気づいていないのである。

▽ベスト・エビデンス
日本の刑事裁判では圧倒的に検察が優位に立っている。令状による強制捜索、警察も動員する人海戦術、全国に張り巡らされた捜査共助のネットワーク、捜査対象者とその関連機関、会社に対する強制的な情報提供命令、国や地方自治体が持つ個人情報、指紋、DNAなどのデーターベースと採取、解析能力など検察は、豊富で多用な情報収集能力を持つ。どれ一つをとってみても、弁護士は、検察にかなわないし、対抗できない。しかも検察は捜査で得た情報のほんの一部しか明らかにしない。すべての証拠を開示する義務はないからだ。被疑者に有利な証拠があっても、公表しないし、弁護側に要求されても、口実を設けて拒否することができる。検察は有罪立証に必要な最良証拠(ベスト・エビデンス)だけを弁護側に明らかにし、裁判に提出する。

▽全証拠開示の必要なし
全証拠開示の是非をめぐって争われた裁判で最高裁は、「検察官の所持する証拠、書類、証拠物について、あらかじめ進んで相手方に閲覧させる義務はなく、被告人・弁護人にもその閲覧請求権はない」と、とりつくしまもない判決を出している。理由として、刑訴法に明文規定がないことに加え、証拠隠滅と証人への威迫(脅し)を挙げている。が、その判断は、検察に一任されており、検察はどんな証拠もそれを根拠に拒否できる。
 
▽ゾウとアリの戦い
否認事件の裁判における検事と弁護士の対決は「ゾウとアリの戦い」である。弁護士は経験、能力において検事と同じだが、刑事裁判では大きなハンディキャップを背負わされている。陸上競技にたとえれば、あなたが30㌔の荷物を背負って、ボルトと100㍍のタイムを競うようなものだ。裁判を取材した記者としての私の限られた経験で判断しても、初公判時点で、両者の被告に関する情報量を比較すると、良くて10対1、悪ければ100対1ぐらいの差がある。弁護士は奇跡でも起こらない限り、絶対に検事に勝てない。刑事訴訟のシステムが、訴追側に都合良くできているからである。
証拠開示を飛躍的に拡大してこれを義務化し、両者を対等にしなければ、本当の刑事裁判にはならない。せめて、あなたの背中から30㌔の荷物を外さないと、ボルトと勝負にならない。
弁護士は、検察が一方的に明らかにする捜査資料をコピーしたり、被疑者との接見で、被疑者から検察側の捜査状況を推定したりして、検察の立証のあらを探す。何でも良いからミスを発見することに全力を挙げるのである。余力があれば、検察が捜査で発見できなかったような被疑者に有利な証拠や無罪を証明する証拠を探す。「隠し球」とか「奇襲攻撃」と呼ばれるものである。しかし、弁護士がいかに有能でも、強制捜査権のない調査では、時間的にも費用的にも限界がある。「隠し球」を探し当てること自体、奇跡のようなもので、多くの場合それは「幻想」に終わる。
 
▽刑事専門の弁護士は10人
これには日本の貧弱な国選弁護人制度が関係している。国選弁護人の報酬は一件につき3開廷標準で10万円程度。これでは、どうやっても検察とまともに勝負できるはずはない。超過勤務手当など皆無、経費もほとんど認められず、捜査権もない。できることは限られており、最初から、ほとんど負け戦なのである。刑事裁判専門の弁護士は、非常に少ない。多くは、民事訴訟と刑事事件を兼務する「何でも屋」である。そうしないと食っていけないからだ。報酬の面では、民事訴訟がはるかに良い。だから刑事弁護士は人気がなく、スペシャリストが育たない。純粋に刑事裁判専門といえる弁護士は全国に10人ぐらいしかいないだろう。100人ではない。10人である。しかも東京などの大都市だけで、地方都市はゼロだ。
一方、検察は、弁護側が「隠し玉」を持ち出す可能性を考えて、どこをどう突かれても反証できるように徹底した取り調べと裏付け捜査をする。いわゆる精密司法といわれるものだ。これは、犯罪行為の証明という核心部分だけでなく、その周辺のさまざま事実を細部にわたって詳細に解明する検察の伝統的な手法である。検察は犯行の客観的側面だけではなく主観的側面も含め「実体的真実」の全容を明らかにすることを使命に掲げている。

▽再逮捕、2勾留40日で徹底捜査
「1勾留(10日間)では全然足りない」というのが多くの検事の本音だ。精密司法を貫徹するためには最低2勾留(20日間)を請求する。必要な場合は、再逮捕してさらに2勾留とるのが通常だ。合計40日で、徹底的に取り調べ、捜査をする。被疑者の人権など考慮しない。
国家公務員の検事は超過勤務をすれば手当がつき、休日出勤で捜査をすれば特別手当が支給される。捜査費用も潤沢に認められている。検事は担当の裁判で有罪を勝ち取れば、実績となり、出世も約束される。きつい仕事だが、インセンティブは十分にある。検事とは、給料をもらって刑事訴訟法の勉強をオン・ザ・ジョブ・トレーニングで毎日している公務員である。そのレベルは高いし、奥も深い。この仕事を10年もやれば余程のボンクラでないかぎり、刑事訴訟のエキスパートになる。実際、実務に立脚した刑事訴訟法の解釈、運用において検察庁は日本で最強、最大のプロ集団である。
司法修習生の時、弁護士志望者と検事志望者は対等のポテンシャルを持っていた。実務に就くと、検事は全員刑事訴訟のエキスパートになるが、弁護士は「何でも屋」になるか、民事の特定の分野の専門家になるかのいずれかだ。日本には実戦で鍛えられた優れた刑事弁護士は、ほとんどいない。全体的に見て、刑事訴訟に関しては両者の間には歴然とした力量の差があることは否定できない。

▽40%は起訴猶予
検察は警察から送検されてきた事件の60%しか起訴しない。つまり全送検事件の40%は起訴猶予(不起訴も含む)とし、起訴しないのである。これは、微罪や初犯の被疑者は説諭するだけで済ませ、「前科者」にしないという刑事政策的な配慮もあるが、経費(訴訟コスト)の削減という現実的な理由も大きい。全国に警察官は約30万人いるが、検察官は副検事も含め2490人(2007年)しかいない。起訴権は、検察官だけにあり、起訴するかしないかの裁量権は検察官が独占している。全件を起訴していたら、時間と費用がかかってしょうがない。微罪でも、起訴するには重罪と同様に人手が要る。
費用対効果を計算すると、40%ぐらいは起訴猶予か不起訴にしないと訴訟コストが膨張し、赤字が出る。証拠が薄弱で自白もとれない微罪事件は基本的に不起訴にする。(余談だが、日本の有罪率が99.9%であるのは、むろん、警察・検察の優秀さもあるが、有罪にできないような事件は最初から起訴しないという側面も大きい。統計の魔術である)。
検察は、事件を厳選して起訴している。最初から有罪判決を取れそうな事件だけを起訴し、筋の悪い事件は、捨てているのである。だからいったん起訴すると決めたら、全力をあげて精密な捜査を行い、証拠もきちんと揃えて公判に臨む。実際、検察の取り調べは徹底している。殺人、誘拐など重大事件の自白調書は、数冊の本になるほど膨大になることがある。被疑者の生い立ちから始まって家族関係、交友関係、学校、職場などそれまでの生涯を詳細に回顧する独白調の形式が一般的。前置きがたっぷりとあって、動機、犯行の状況、その後の行動が語られ、次いで現在の心境、反省の弁で締めるというパターンだ。こうした調書が数十通、つくられることもある。このほかに目撃者などの参考人調書を加えれば、その量は段ボール箱数個にもなる。
それだけに、間違った起訴をすると、どこまでも暴走する。途中で間違いと分かってもやめない。最強の刑事訴訟のエリートが、確信犯的に暴走すると歯止めが効かない。これも冤罪が起こる理由のひとつである。

▽裁判が長期化する理由 
検察と弁護側の間にある情報量のアンバランスと疑心暗鬼の結果、裁判が長期化する。ほとんどの刑事裁判は、自白事件だから3回の公判(3開廷)以内で終わるが、全面否認の殺人事件などでは10回以上か、それ以上かかる。しかも、公判と公判の間が1カ月から3カ月になることも多く、1審判決が出るまでに1年以上かかることが珍しくない。
弁護士は時間稼ぎのために公判で事件の争点にならない証人尋問を繰り返し、公判を長期化させ、その間に新証拠の入手を図る。たいていの弁護士は複数の刑事、民事訴訟を抱えており、ひとつの刑事裁判を短期間に集中して行う余裕がないという事情もあるが、検察に有利にできている刑事訴訟システムへのせめてもの抵抗という側面があることは否定できない。
裁判官はどうか。既に書いたように裁判の証拠のうち最も量的に多いのは調書などの書証(調書など書類形式の証拠類)である。書証の量が余りにも多いので、公判が終わってもすぐに判決が出ない。裁判官が書証を読み込むのに時間がかかるからだ。通常、結審後に「判決日」が指定されるが、たいてい1カ月から1カ月半後である。

▽タッチ交代で裁判継続
裁判の長期化は、人員不足という根本的原因もあるが(2007年現在、判事、判事補は合計3416人)、調書を読むことに忙殺される裁判官の都合にも合っているのである。裁判官は2-4年の間隔で転勤や人事異動があるため、自分が担当した裁判の判決をすべて書くわけではない。未終了の裁判は後任に引き継ぐ。転勤先、異動先でも、前任者からの引き継いだ裁判を途中から担当する。検察官も同様だ。転勤になれば、担当していた裁判を後任に引継ぎ、辞令が下った任地に行く。そこで同じように裁判を途中交代するのである。野球やサッカーの選手入れ替えのようにタッチ交代である。これでは、判決に対する責任が希薄になるのは、避けられない。
裁判で証言した被告人、参考人など関係者の生の声を聴かない裁判官が、その公判記録を読んで判決を書いている。日本の裁判で口頭弁論を重視する気風が育たないのは、裁判所が書類万能の官僚システムで動いているからだ。

▽訴訟指揮の迷走
裁判官が毅然とした訴訟指揮をとらないことも長期化の原因だ。公判期日に無断欠席したり、必要な書面の提出をわざと遅らせたりするなどやりたい放題の一部弁護士の時間稼ぎというサボタージュを、裁判官が制止できないのである。私も色々な裁判で、老獪な弁護士や検事にいいように翻弄される裁判官をたくさん見てきた。傍聴席から見守りながら「もっと威厳を持って迅速に裁判を進めてほしい」と何度思ったことか。大型弁護団がつくられる訴訟では特にそうだが、弁護側の「やらずぶったくり」におろおろする裁判官が多すぎる。1審判決まで10年かかったオウム裁判のような異常なケースが出るのは自分たちの都合を優先した検察、裁判所、弁護士の法曹三者の怠慢の故ではないかと、私は思う。
2003年7月、1審判決を2年以内に終わらせることをうたった「裁判の迅速化に関する法律」が施行された。これは、2年以上かかっている裁判が多いことの証拠である。その背景には、精密司法による検察捜査の長期化、弁護人の無気力とサボタージュ、大量の調書読解による裁判官の疲弊がある。ごく一部の例外を除き、3日からせいぜい5日で終わるところを、被告人の都合など全く考慮しないまま、1年も2年もだらだらと続ける意味のない裁判は、税金と時間とエネルギーの無駄使いとしか言いようがない。

▽伝聞法則とは
刑事裁判では、法廷で陳述された証言が証拠として認められるのが原則である。被告人や証人が法廷において裁判官の面前で言ったことは、そのまま証拠になるが、法定外での陳述、供述は伝聞証拠とされる。伝聞証拠は、裁判で反対尋問を受けて、その信用性が証明されないかぎり、原則として証拠とすることはできない。これを伝聞法則という。刑訴法320条1項が「公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とする」ことを禁じているのは、伝聞法則を規定したものである。しかし刑訴法は同時に多くの例外規定を設けており、例外が弾力的に運用されることによって伝聞法則は、もはや死文と化している。

▽伝聞法則の例外規定
検察官がでっち上げた目撃証言などの参考人調書が、裁判で反対尋問を受けて内容に疑問があるとされるのに証拠採用され、これが決定的証拠となって有罪判決が出されるというのが冤罪事件のひとつのパターンである。元凶は伝聞法則の例外を定めた刑事訴訟法321条1項である。
検察官が直接取り調べて作成した録取書を「検察官面前調書」(検面調書=検事調書)というが、刑事訴訟法321条1項2号は、検察官が参考人を直接聴取して作成した調書を一定の状況(参考人の死亡、心身故障、所在不明、証言拒否、国外移動)で、伝聞法則の例外とし、証拠採用することを認めている。これを2号書面という。さらに、検面調書と法廷での証言に食い違い(相反性)がある場合も、検面調書は2号書面扱いになり、伝聞法則の例外とされるのである。

▽検面調書の威力
裁判で被告が、検察官による取り調べの内容を翻すのは、よくあることだ。被告は、検察官の強圧、脅し、誘導などを理由に挙げ、調書に書かれた供述内容を否認する。両者が一致しない場合、つまり相反性が出た場合、裁判所は尋問した検察官を証人として喚問し、弁護人に反対尋問をさせる。たいがい「早い時期に尋問して得た供述の方に特別な信用性がある」という検察官の主張に押され、裁判官も、その主張を追認する形で検面調書を証拠採用する。
たとえば、被告の犯行を目撃したとして検察官の尋問を受けた参考人が公判で弁護人の反対尋問を受けて、しどろもどろになり検面調書と異なった内容を述べた場合、この参考人の言うことは信用できないという評価になるのが普通である。ところが、日本の裁判ではそうならない。裁判官が両者の「相反性」を判断するが、「記憶が新鮮な時期にとられた調書の方が信用性は高い」とか「初めて法廷で証人尋問を受けて緊張したため参考人は混乱した」とか「調書の内容の方が、法廷での証言より論理的に一貫している」などの理由を挙げて、法廷での証言を排斥し、伝聞証拠にすぎない検面調書を真性の証拠とするのである。

▽特信性に守られた検事調書
裁判官が、上記の理由を挙げて検面調書を「特に信用すべき状況」で作成されたものと認定するので、検面調書と法廷証言の間にどんなに矛盾があっても検面調書の信ぴょう性に軍配があがる。要するに検面調書が作成される状況には常に特別の信用性(特信性)があり、裁判官は「検察官は常に正しい」ということを前提にする判断するのである。検察の取り調べが常に正しいとはかぎらない。いい加減な取り調べや、被疑者(あるいは被告)が言ってもいないことを書いてでっち上げの調書をつくる検事もいる。有能な弁護士は、公判で、そこを突き、検察のデタラメ加減を追及する。しかし、この勝負はほとんどの場合、検察が勝つ。なぜか、検事調書は、特別の信用性があると裁判官が認めるからだ。
反対尋問で特信性のいい加減さを暴いた弁護人にしてみれば、柔道で逆転の一本勝ちしたのに、難癖をつけられ、負けを宣告されたようなものだ。こういうのを世間一般では「八百長」とか「インチキ」とかいうが、刑事訴訟法の世界では違う。
逆に弁護人が被告人に有利な証人を見つけ、話を聞いて参考人の陳述書をつくって裁判に提出しても同じ扱いは受けない。この参考人は、検察官から法廷で徹底した反対尋問を受ける。その証言が、陳述書の内容と矛盾すれば、ほとんどの場合、陳述書の内容が信ぴょう性なしとされるのである。

▽検事調書は万能の武器
刑訴法321条は1項3号で、警察官作成の調書や弁護士作成の陳述書を伝聞証拠の例外とすることも定めているが、その要件は、2号書面に比べて厳格である。弁護士が聞き取って書いた書面は、疑わしいが、検事作成の参考人調書には、常に真実が書かれている、というのが、日本の裁判の扱いである。2号書面に代表される伝聞法則の例外規定は検察にとって被告を簡単に有罪にできる魔法の杖だ。ただでさえ有利な立場にある検察官を一層有利にする万能の武器である。

▽事実認定に2つの基準
これは、法律が事実の認定に2つの異なる基準を設け、その適用を訴追側(検察側)に一方的に有利に決めているということだ。法律的な事実の世界では、ダブルススタンダードが標準なのである。弁護人からすれば、やる前から敗北が決まっている八百長試合を強いられるようなもので、公正であるべき裁判の本質を否定する「悪法」である。民主制の国で、刑事訴訟規則に、こんな規定を設けているのは日本だけだ。

▽検面調書がつくった冤罪
2号書面は冤罪の温床である。1953年11月徳島市で起きたラジオ商殺人事件で、犯行を目撃したとされる住み込み店員の少年2人の検面調書が決定的証拠となり、被害者(店主)と同居していた富士茂子さんが有罪判決を受けた。反対尋問を受けた少年2人の話は一貫せず、事件当日、目撃できるはずがない場所にいたことを指摘されて返答に窮した。証言は矛盾だらけであった。にもかかわらず、裁判所は検面調書を証拠採用し、これを根拠に有罪の認定をした。1956年4月の一審判決確定後、店員2人は、証言がうそだったと告白した。検察官に長時間拘束され、脅されて、誘導によって、見ていないことを見たと証言したことを公にした。2人の証言がうそなら有罪認定は無効である。
しかし裁判所が、それを認め、無罪判決を出したのは6回にわたる再審請求後の1985年7月、一審判決から27年目のことである。これは、日本の裁判において検面調書の証拠能力がいかに高いかを示している。いったん検面調書が証拠採用されたら、でっち上げであっても、突き崩すのは至難の技である。逆に言えば、日本では、検察がもっともらしい参考人調書を捏造すれば、簡単に無実の人を有罪にすることができる。検面調書に特信性を与えるという刑訴法の不条理が、冤罪の発生源になっているのである。

▽刑訴法231条は違憲の疑い
憲法は37条で被告人に対して敵対的証人への反対尋問を保障するだけではなく、31条で適正手続きによらなければ刑罰を受けないことを保障、さらに37条で公正な裁判を受ける権利を保障している。これらの憲法条項に照らしてみると、刑訴法231条は、違憲の疑いがきわめて強いが、最高裁は合憲の判断をした。
刑事訴訟法が検面調書に特別な信用性を与えることを正当化する理由はどこにもない。でっち上げの証拠を法廷に提出することを許す231条1項2号は、伝聞法則を死滅させた元凶であり、日本の刑事司法の一大汚点である。


刑事司法制度のどこがおかしいか

人質司法
▽起訴後は保釈が原則
刑事訴訟法の建前では、被疑者を起訴したら特別の事情がないかぎり保釈することになっている。捜査が終わり、証拠も確保できたのだから、保釈しない理由はない。死刑相当の罪など重罪で起訴された被告人は別として、弁護人は、保釈を請求できる。だが、たいていは「証拠隠滅の恐れがある」という理由で引き続き、被告人は勾留される。

▽保釈の実質的決定権は検察に
保釈を決めるのは裁判所だが、実質的に権限を握っているのは、検察である。裁判所が保釈を認めても、検察が異議申し立て(準抗告)し、たいてい取り消しになる。保釈するか、しないかはどう決まるのか。実質的な基準は、自白したか否かである。全面自白なら保釈されるが、否認ならたいてい、保釈されない。2005年の統計をみると、保釈された被告人のうち犯行を自白したのは93.7%におよぶ。逆に否認事件の保釈率は6.6%である。
 
▽自白しなければ保釈せず
これは「自白しないなら保釈しない」と言っているに等しい。保釈されない多くの被告人は判決確定まで拘置所に勾留される。長期に渡って勾留し、保釈をえさに自白を迫るともいえるこうした措置が人質司法である。司法統計年報によると2006年度の保釈率は、地裁で14.3%である。1972年は58.4%だった。これ以後、保釈率は一貫して下がり続け、逆に有罪率はどんどん上がっているから両者には相関関係がある。日本においては人質司法が有罪率上げた大きな要因である。

▽弁護体制の不備
被疑者が逮捕されてから、どれだけ早く公的な弁護人の助けを得ることができるか。これが、その国の「自由度」を図る指標になるとしたら日本は、かなりお粗末である。欧米諸国には、政府や自治体が補助金を出して運営する公設弁護人事務所の制度があり、資力のない人は、逮捕された当日に公設弁護人を呼んで、アドバイスを受けることができる。(米国では警察の任意捜査の尋問に弁護士が立ち会えるので、逮捕前からアドバイスを受けられる)。これが、日本と欧米諸国との決定的違いである。日本では、弁護体制の不備が冤罪を生む大きな原因である。

▽座して有罪判決を待つ
弁護人の選任は、逮捕から起訴まで(被疑者段階)と起訴から判決まで(被告人段階)の2つに分かれる。刑訴法は被疑者段階で私選弁護人の選任権を認めているが、2006年10月まで国選弁護人は被告人段階からしか認めていなかった。つまり、国選弁護人を依頼できるのは逮捕から通常13日後、あるいは23日後であった。これでは、弁護に限界がある。資力のない被疑者は、長期にわたって勾留され、弁護士から適切なアドバイスを受けられないままレールロードされ、孤立感、焦燥感から虚偽の「自白」に追い込まれる。弁護人は、ほとんど弁護らしい弁護ができないまま裁判に突入し、検察に、いいようにやられておしまいである。多くの国選弁護人事件で、弁護人が手抜きをしていたことは公然の秘密だ。被告人にとっては、末期がんの宣告を受けたあと、おざなりの治療を受けるようなもので、座して死(有罪判決)を待つのも同然であった。日弁連がこれを是正するため当番弁護士制度を始めた1990年まで、こうした暗黒の状態が続いた。

▽ボランティアは1日限り
当番弁護士制度の下で、多くの登録弁護士が、被疑者段階でボランティアとして弁護人を買って出た。選任弁護士として受任後、最初の1日だけ弁護料を無料とし、その後は、私選弁護士として契約を更新し、起訴後に、国選弁護人に引き継ぐパターンである。日弁連は資力のない人のために特別基金をつくり、援助を出した。2006年には、受任件数が年間1万2524件に達するなどそれなりの役割を果たしてきたが、弁護活動が最初の1日だけで終わり、その後は受任しないケースが多かった。国選弁護人の弁護料を負担した法律扶助協会と日弁連の特別基金がともに慢性的な赤字を抱えるという深刻な問題もあり、被疑者に逮捕から早い時期に適切なアドバイスをして、警察の威圧的尋問を抑止するという所期の目的を十分果たしたとは言い難い。

▽接見制限
勾留期間中の接見交通についても、制限がある。接見交通とは、被疑者が弁護人と留置官の監視がない所で、自由に話をし、意思疎通を深めることができるという権利である。弁護人が接見を要求した場合は、いつでも、直ちに、そして必要なだけ接見することを認めなければならないのに検察は、刑訴法39条3項(捜査に支障がある時は接見の日時、場所、時間を指定できる)を盾に自分の都合を優先して、日時を制限する。さらに家族や友人など弁護士以外の人との接見を禁止することが多い。(いわゆる接見禁止命令)。これによって被疑者は、弁護士以外の人間との接見・面会は禁じられ、連絡や差し入れも弁護士を通じてしかできなくなる。理由は、証拠隠滅の教唆など捜査妨害をする恐れがあるというものだが、その判断は、検察に一任されている。裁判所も、ろくに内容を審査しないまま唯々諾々とそれに沿った決定を出す。
最近でこそ改善されたが、1990年ごろまでは、検察が弁護人に対して一方的に接見日時、時間を指定し、それ以外は接見させないという違法な措置がまかり通っていた。39条には「接見の指定は、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限するようなものであってはならない」という規定もある。が、検察側に被疑者の人権への配慮や防御権の保障という観念は一切ない。事実「逮捕後72時間以内に20分程度の接見を一回、勾留期間中の20日間に20分程度の接見を2回許可すれば十分」などと検察幹部が公言していた。
人質司法と接見制限は、被疑者の孤立感を助長し、被疑者(被告人)が、自白を強制、誘導され、でっち上げの調書が作成される環境をつくっている。

▽保釈金の高騰
人質司法が是正されないもう一つの理由は、保釈金の高騰だ。保釈金は200万円から300万円である。原則として現金で納めなければならないので、多くの被告にとって過大な負担である。1983年当時、保釈人員1万5103人のうち77.1%は100万円以下で保釈された。1998年、同額で保釈されたのは全体(7122人)の16.6%にすぎない。一番多かったのは150万円から200万円(34.5%)、次が200万円から300万円(31.5%)である。保釈金が高いので、権利を行使できず、保釈請求そのものをあきらめてしまう人も少なくない。
1998年以降は統計がないから保釈金の最近の実態は分からないが、さらに高騰しているとみられる。保釈金は上がることはあっても下がることはないからだ。もちろん、保釈金は被告人の犯罪の内容や財政状態を勘案して個別に決められるが、暴騰という表現がふさわしいほど高額になっている。
2004年12月の牛肉偽装事件におけるハンナン浅田満会長の保釈金は史上最高の20億円となった。(同会長は20億円を積んで保釈された)。1991年、商法の特別背任と脱税の罪で起訴された許永中被告の保釈金は6億円。(逃亡で保釈金没取後、99年逮捕)。億単位の保釈金がもはや珍しくなくなった。逃亡を防ぎ、公判期日に出頭する保証として現金を納めさせるのが保釈金の趣旨だが、単に保釈させないために保釈金を上げているとしか思えないような実態がある。

密室の尋問
▽刑事訴訟法は大正時代と変わらず
以下に述べるのは、戦後からずっと続いている刑事訴訟制度の欠陥である。これを精査することによって裁判員制度導入の理由が自ずと浮かび上がってくると思う。すでに述べたように、現在の刑事訴訟法は、戦後の平和憲法の下で改正され、英米法の影響を受けて1949年、民主的に改正されたとされているが、その構造は「大正刑事訴訟法と本質的に異ならないものになっている」。長期勾留、密室の取り調べ、保釈なしの人質司法、伝聞法則の無視。これらの特徴は戦前とまったく同じで、大きく変わったのは予審の廃止と起訴後に被告に対して国選弁護人を保証したことぐらいである。民主的改正とは、ほど遠いのが、戦後の刑訴法の実態である。
警察と検察は、これを目一杯活用し、起訴した事件の99.9%を有罪にするという世界に例のない「完全試合」を達成し、維持している。一審の死刑判決が再審で無罪になった4大冤罪事件の主要な原因は、被疑者、被告人の権利を大幅に制限する刑訴法の規定に由来する。同法の基本構造が維持されるかぎり、同じことがまた起きるし、実際、起きている。4大事件の裁判に見られるような常軌を逸した判決は、例外的なものではない。それは「日本的刑事司法」の糾問的構造から必然的に生み出される。ここでは、刑訴法が、いかに被疑者と被告人に不利にできているかをあらためて紹介し、それが誤判や冤罪の原因になっていることを検証する。

▽長期勾留
いわゆる先進国といわれる民主諸国の中で、逮捕後の被疑者の取り調べについて日本ほど長期間の身柄拘束を認めている国はない。日本では通常、警察が被疑者を逮捕すると、最大48時間、身柄を拘束して取り調べる。次に地方検察庁に身柄とともに送検する。地検は自ら、被疑者を取り調べ、必要な場合、24時間以内に裁判所に対して勾留請求をする。(勾留とは、捜査機関による強制的な身体拘束。「勾」の字が常用漢字にないので、ジャーナリズム用語では「拘置」と言い換えているが、ここでは正確な法律用語の「勾留」を使う)。
1回の勾留期間は最大10日間、同一事件の勾留は2回まで請求できる。ほとんどの事件で検察は2回請求し、裁判所は、それを認めるので、捜査機関(警察と検察)は逮捕から合計23日間、被疑者を拘束して尋問することができる。同一被疑者を別の容疑で再逮捕すれば、さらに勾留を10日間延長することができる。だから再逮捕を繰り返して、数カ月にわたって身柄を拘束することが可能になる。現行の刑訴法においては、これ自体完全に合法的な捜査手法である。この間、被疑者の多くは、警察署内の留置場に留置され、連日署内の取調室で尋問される。送検後は、留置場から拘置所に移され、検事の尋問を受けることになっているが、多くの場合、留置場に留め置かれ、引き続き警察官の長時間の尋問を受ける。
法務省と警察庁は、警察の留置場を拘置所代わりに使う、いわゆる代用監獄制をとってきた。監獄法にその規定があることから、その名がある。国際的にも悪名高い同制度は警察の威圧的な取り調べを許す悪弊として非難の的にされてきた。1991年、東京高裁は代用監獄について「自白の強要等の行われる危険の多い制度」と述べた。さらに、「犯罪捜査と被疑者の留置業務は別個独立の業務として適正に運用されるべきである」とも指摘し、「代用監獄での自白には任意性に疑いがある」という見解を明らかにした。警察の留置場は、自白強要の温床になっているのである。
しかし法務省は、これらの正当な指摘をことごとく無視して代用監獄制を強行に進め、2006年5月に監獄法を修正した未決拘禁法を施行、さらに同法を修正した「刑事被収容者処遇法」(2007年施行)によって、勾留中の取り調べを留置場で行うことを合法化した。勾留請求後も警察で取り調べを続行できる代用監獄制を刑事司法制度にがっちりと組み込んだのである。全国に拘置所は154、留置場は1286。拘置所の増改築には、十分な予算を充てず、もっぱら留置場の新設、増改築に力を注いでいるので、代用監獄の既成事実化は年々進んでいる。送検後、警察官が拘置所に通って被疑者を尋問する煩わしさを解消し、警察が被疑者を都合のよいときに、好きなだけ尋問できる体制をつくるのがその目的である。第三者の監視がない警察の密室における長期の尋問で、いやが上にも、自白率は高まる。
長期勾留と密室での尋問が冤罪を生む理由である。尋問で捜査当局が最も重視するのは、被疑者に犯行の模様を語らせ詳細な自白を取ることだ。殺人などの重大事件で否認している場合は、一日平均約8時間、多い時には12時間程度、徹底的に調べられる。警察の尋問が終わると、送検され、地方検察庁でも検事から同様の尋問を受ける。そして勾留満期日に地方裁判所に起訴され、拘置所に移される。起訴後は保釈の権利が発生するが、ほとんどの場合、保釈されない。身柄の拘束状態が延々と続くのである。

▽密室の尋問
長期間にわたって密室で行われる尋問が、数々の冤罪を生み出している。頑強に否認する被疑者に対して、警察、検察は、自分たちが犯行のストーリーを描き、その通りの自白を強要することが珍しくない。助けもなく複数の取調官に怒鳴られ、脅迫され、時には暴力まで受けたら、たいていの人は、降参して「自白」する。取調官に洗脳され、迎合すらして、自分がやってもいない犯罪を「自白」し、言われるままに調書に署名し、押印する。4大冤罪事件は、すべてこのパターンだ。自白が有罪証明の唯一の証拠で、いずれも、取調官による捏造(ねつぞう)だったことが共通点だ。
被疑者が弁護士の助けを呼ぼうと思ったら、通常、自分で探して費用も工面する。それができない場合、国選弁護人を頼むしかないが、それができるのは起訴されてからだ。(刑訴法改正により起訴前に国選弁護人が付くようになったのは06年10月以降。あとで詳述する)。日本の刑訴法は尋問のための勾留を認めている。尋問に弁護士の立ち会いは許されず、録音、録画も義務づけられていないので、取調室は完全な密室になる。接見にも制限がつけられ、被疑者は、自由に弁護士と話をすることもできない。

▽レールロード
犯人と決め付けた被疑者の自白を、一見もっともらしいストーリーにでっちあげるのは万国共通の警察、検察の手口だが、米国ではこれを「レールロード」と呼ぶ。既に敷かれたレールに従って自白を誘導するという意味だが、被疑者がレールロードされるのは例外なく逮捕から早い時期である。
米国では州によって違いがあるが、逮捕から最短24時間、長くても72時間以内に警察が裁判所に被疑者の身柄を送り、罪状認否をさせなければならない。つまり尋問は24時間から72時間しかできない。尋問のための勾留延長は許されないのである。それでも、レールロードが起きる。被疑者が23日間も事実上、孤立無援状態に置かれる日本では、もっとレールロードは起こりやすい。逮捕された被疑者の9割以上は、短期間に自白する。(司法統計などによると、一審判決段階で、被告人が既に自白しているケースは全体の91.5%に達しており、送検段階での自白率もっと高くなると思われる)。
「身に覚えのある被疑者」は、たいてい自白する。相当のしたたかな被疑者でも、自白を引き出す「落とし名人」(米国ではこれをクローザーと称する)の手にかかると、大方は23日間以内に落ちる。残りの1割は、なかなか落ちない。この中には無実で否認する者と、身に覚えがあっても巧妙な弁解を弄する者の二つのカテゴリーがあるが、警察、検察はすべて後者とみなし、執拗に自白を引き出そうとする。

▽自白は証拠の女王
自白は証拠の女王であり、自白を得ることは捜査の王道である。これは、昔もそうだったし、今も変わっていない。元東京地検特捜部長の河上和雄氏は「現在の捜査機関の置かれている現状では、自白を獲得することがもっとも確実な捜査方法の一つであることは否定し難い」と述べている。これは、検察、警察を問わず、捜査当局のホンネであり、永遠の鉄則であろう。
日本の警察は、取り調べで自白を得る過程を「たたき割り」と称している。被疑者の犯行の核心部分をたたき割り、ばらばらにしたうえで、自白を再編成するのである。元々何もしていない被疑者は脅迫と威圧にさらされ、心理的圧迫と身体的拘束から逃れたいという一心で、誘導されるままに虚偽の自白するのだ。
こんな実例がある。自白しない被疑者の頭を壁にぶつけ、みぞおちを殴った。(1984年、大阪府警住吉署)。両手首、両足首、腹部をバンドでしばった被疑者の足を踏みつけ、膝を押さえつけて尋問。被疑者が胸の痛みを訴えて入院するまで尋問続行。(2004年、京都県警亀岡署)。殺人容疑の被疑者を4日間にわたって1日10時間から13時間、頭を小突き、胸をたたき、長時間不動の姿勢を保つことを強いるなどして尋問。(1982年、北海道警旭川署)。暴力団員の被疑者に留置場内でたばこの吸引、飲酒、馬券の購入を許し、取調中に寿司や果物を食べさせるなどして歓心を買い、自白を誘導。(1994年6月、兵庫県警長田署)。取り調べ中、警察官が腹を立てて机を蹴ると、被告の脇腹に机の角が当たり、骨折。(2008年1月、大阪府警)。
「自白すれば釈放してやる」「話せば、罪を軽くしてやる」「家族はお前を見捨てている」、「共犯者は既に自白している」などの約束、偽計による誘導、「自白しなければ家族を逮捕する」、「死刑にしてやる」などの脅迫。これらに加えて、壁に向かって立たせたり、机をたたいたり、怒鳴ったりするなど身体的、心理的圧迫を加える尋問は日常化している。覚せい剤事件で女性の被疑者を尋問中の警部補が、取調室で被疑者にわいせつな行為をしたという例もある。(2005年6月、警視庁菊屋橋分室)。密室の取り調べだから何でもありありなのである。

▽たたき割りの異常さ
警察官、検察官の能力は重大事件の被疑者の自白をとれるかどうかで判断される。自白をとれない取調官は無能のレッテルを張られ、出世コースから外される。だから、取調官は「たたき割り」に必死になる。否認事件の自白の捏造は、こうした状況で起こる。取調官が調書をでっち上げても、被疑者に暴力をふるっても、だれにも分らない。それに歯止めをかける規定が刑訴訟には全くない。捏造された自白調書でも、署名・押印があれば、証拠として裁判に提出できる。
第3者の監視がまったくいない所で、やりたい放題の尋問を許し、それを合法としているのが日本的刑事司法の実態である。実際、余程のことがないかぎり、裁判所が、自白調書を任意性に欠けるという理由で証拠採用しないということはない。
任意とは言語的には「自由な意思」という意味であり、法律的にも同じはずだが、日本の刑事司法では違う。1日12時間、20日間連続、深夜まで取り調べを強いられても、任意であると判断するのが、日本の裁判官である。任意性について、日本ほどいい加減な判断がまかりとおっている国はない。数々の冤罪や人権侵害が、異常な長期勾留と密室の威圧的取り調べによって起きているのである。

(夫)


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